山上の矩勾配のいえ


住まい手からの初めての連絡は耐震診断の依頼でした。

「屋根を葺き替えたいのですが、耐震診断が必要だと屋根の業者に言われています。調査は可能でしょうか」

 

話を詳しく聞いてみると、今はセメント瓦の屋根で、年数が経っているのと一部割れが見られるそうです。

「屋根を葺き替えると重量が変わるので、耐震補強が必要ではないか。耐震診断をまずしてほしい」

相談している屋根の業者がこのように言っており、私たちの事務所に調査の相談をしてきたということでした。

 

現地調査・ご相談


私たちの事務所とお住まいが近くだということもあり、すぐに現地に状況を伺いに行くことができました。

建物は築30年で、約10年前に住まい手が中古で購入されています。

確認申請は出されており、中古住宅で購入したタイミングで内部はリフォームされており非常に綺麗な状態です。

さっと建物の状況を確認しましたが、築年代相応の造りで状態は良く、雨漏りや蟻害なども見当たりません。

 

私たちからは、「屋根を葺き替えるために耐震診断をする必要はないのではないか」という見解をお伝えしました。

現状を確認したところセメント瓦でした。つまり元々屋根は重たい屋根で検討されており、瓦に葺き替えるにしても重量は大きく変わりませんし、板金に葺き替える場合は軽くなるためかえって耐震性能は良くなるためです。

 

耐震診断や既存住宅ドックはもちろん非常に有意義であり、間取りを変えるような改修や、構造躯体を触れるようなタイミングでは必ず行うようにしています。それに合わせて断熱補強や耐震補強ができるためです。しかし今回の工事内容と建物の現状を踏まえると必ず調査を行う必要性もありません。屋根も外壁も構造躯体まで触る工事ではありません。そのために、調査費用を使うことはないのではないかと判断しました。

 

様々な情報に悩まれる住まい手


現地調査の際、住まい手からドサっと見積書の束を見せられました。

屋根の葺き替えと外壁の再塗装をしたいということなのですが、すでに5社程度見積もりを取っている状況でした。

 

工事の見積書というのは内容が一般の住まい手にはわかりにくいです。

しかも最後にガッツリとお値引きなどをされると、嬉しいようで本当に信憑性のある見積もりかどうかが分からなくなり、不信感が高まっていったそうです。結果的に複数社に見積もりを依頼し、色々な意見を聞いているうちに耐震診断の調査依頼という冒頭の状態になっていたということです。 

インターネットで調べると、屋根の葺き替えだけでも非常に多くの情報が出ており、それぞれ微妙に見解も異なります。

便利に調べられるようになった反面、ネガティブな情報も多く正解がどれかを判断を下すことが難しくなっていると思います。

この間、住まい手はものすごいストレスを抱えていたと思います。

 

調査が要らないのではないかという話をした途端、「やっぱりそうですよね」という旨の言葉が印象に残っています。

これをきっかけに、私たちの方で屋根と外壁の工事の計画を進めるということになりました。

 

ご要望の整理・引き出しと判断


まず、屋根はガルバリウム鋼板の板金屋根か瓦屋根かで迷われていました。

ご主人はどちらかというと瓦屋根をご希望されていましたが、奥さんは板金屋根の雰囲気が好きということです。

私の方からは、建物のプロポーションや周辺の雰囲気からも板金屋根の方がいいのではないかという提案をしました。

また建物の耐震性能が向上すること、防水性がいいというメリット、コストのことなども分析して説明するととても納得していただけました。

 

今回は野地板は残したままであり、現場の状況からも断熱補強はできませんでしたが、通気層をつくって防水性や室内の温度環境が良くなるよう計画しました。

外壁の色味は、建物を中古で買った時の決め手が外壁の色味だっという話も聞いたのでなるべく近しい色でサンプルを作って一緒に選びました。

 

このように話をしていると、雨戸の仕上げを木にしたいということや、窓に木格子をつけたいということ。またベランダの手すりの劣化やベランダが雨漏りしていないか心配であることなど、次々とお話が出てきます。住まいの要望やお悩みというのは長く住んでいるといくつかあるもので、信頼関係が深まることで付随して色々な工事をお願いしてもらえました。

 

現場監理は住まい手にとって重要な安心感


住まい手から喜ばれたのは工事の報告写真です。

この程度の規模の工事だと工事監理も普通ありませんが、設計監理の費用をいただいているので報告書を作成していました。

屋根の工事中の写真は非常に喜ばれました。

設計事務所という第三者がかむ事で、大規模な工事と同じように監理者の確認が入るため安心感につながります。

金額的には小規模でも、屋根や外壁は大事な家の要素です。

 

住まいのかかりつけ医としての住宅医


こうして工事は無事に完遂することができました。

住まい手からは非常に高い満足度を得られ、ご夫妻それぞれからお礼のメールをいただきました。

工事の最終日には職人さん達と一緒に集合写真まで撮影しました。

 

このような工事自体は小さなもので、本来設計事務所にお金を払ってまで依頼しないような工事だと思っていました。

今回のように満足感を得られたのはよかったなと思う反面、現代の住宅のリフォームに対する状況の危うさのようなものを感じました。

インターネットによる情報過多、不安を煽るような専門業者、溢れかえるリフォーム業者など、住まい手が安心を得ることが難しい世の中になっているのではないかと思いました。

 

中古建物の流通促進は素晴らしいことだと私は思っていますが、それはつまり住宅の維持管理のための仕組みも見直す必要があります。

新築住宅を買われた場合建物を建てた業者にメンテナンスを依頼することもできますが、中古住宅だと誰に相談をしていいかわからないのです。

そこを明確にして安心感が得られる社会でないと、中古住宅の流通が当たり前になるのは難しいと感じます。

 

そんな時、信頼のおける相談役として、「住宅医」が「住まいのかかりつけ医」として役割を果たす可能性があるのではないでしょうか。

住宅医の認定には知識だけではなく、分析力、技術力、実践力が必要だとされています。

このようなピンポイントの工事にこそ、本来はお金の使い所を適正に判断できる能力が求められます。

地域に相談ができる住宅医が広まり活躍することで中古住宅の健全な活用が広がるのではないかという可能性を「山上の矩勾配のいえ」から感じることができました。

地域に根ざした住宅医としての活動を広げられるよう今後も精進したいと思います。

 

 

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